[読書メモ]『本を遊ぶ』

p20
テレビを消して本を読むようになるだけで、相当な変化が起こります。

p22
その人の本を集中的に読むのは別に悪いことではないのですが、同じ著者の本だけを読んでいると、本を読んでいるつもりが、いつの間にか「本に読まれている」状態になります。著者の主観に染まってしまうのです。

p24
読書は受け身の行為だと誤解している人が多いのですが、ものごとをゼロから考えられる自分になるには、自分が主体であるという強い意識が不可欠だと覚えておいてください。

p31
もしも今、学校や家にはいたくないという人がいたら、僕はこういいたい。嫌な状況からは、堂々と「逃げること」。そして、図書館や本屋を避難所として活用すること。

p38
人はいくつもの世界を持てるものです。自分の目の前にある学校や会社や家庭だけが、自分の世界だと思っていたら大間違いです。

p39
自分の世界を自分で構築できるということは、人生も構築できる力がつくということ。それこそが「自分の頭で考える」ということなのです。

p41
人は、「自分にとって何が役に立っているのか」を、それほど簡単に判断できないものです。それなのにすべての行為に、「これは使える」「これは使えない」という縛りをかけるのは狭量というものでしょう。

p42
金持ちになる人とは、いかに金を稼ぐかを考えている人ではありません。自身の空想力で、金持ちになったときの自分のイメージを鮮明に描いている人です。もう頭の中の自分は金持ちであって、あとは現実の自分とのギャップを埋めているだけなのです。

p52
テレビはまったく噛まないですむミルクシェイクのようなもの。

p54
自分で考えて自分で決める人生のほうが、人から命令されたり、自分のしたいことを我慢したり、将来の不安に怯え続ける人の人生よりも数十倍は「楽」だと僕は思っています。

p60
もしお金を稼ぎたければ、こんなふうに2〜3年、山ほど本を読んでから始めたほうが、稼ぐための着想力は何倍にもなるはずです。

p63
索引が付いているような本は、シーケンシャル(頭から連続)に読む必要はなく、ランダムアクセス、すなわち必要なところからアプローチすればいいのです。

p70
本に限らず、どんなコンテンツでもそうですが、長く上手に付き合っていくためには、ハズレに対して寛大でなければいけない。

p71
読書も同じで、はずれても落ち込まないこと。その本に1ページ、1行でも印象的な部分があればめっけもんだ、くらいに思っていいと思います。

p79
よく「暗号通貨」「ビットコイン」といいますが、その正体は帳簿、台帳です。

pp82-83
少し前に量子コンピュータの登場が話題になりましたが、なぜそれがちょっとした騒ぎになったかというと、量子コンピュータは素因数分解を一瞬でしてしまうため、素因数分解は難しいという大前提が覆ってしまうかもしれなかったからです。

p99
年齢を重ねた人が、昔自分の好きだった本を読み返すというのは、自分の変化をとらえるという行為です。本の内容は変わっていないけれど、自分は変わっているということがよくわかる。これこそ「自分を読む」ということでしょう

p106
学校でも社会でも、何かおかしいと感じることがあったら、声を大にして指摘しなければいけない。

p108
日本の学校では情報に接するとき「落ち着いて考えろ」ということをきちんと教えていません。むしろその逆の傾向のことばかり教わっています。/そういうふうだから、「なぜ学習するのか」と聞かれても、「テストがあるから」という短期的な目的しか思いつけない。だからテストの前に「一夜漬け」をしたりする。

p125
現代におけるベストセラーとは、普段本を買わない人がたまたま購入に至った本のことだからです。[…]もし僕が誰かの部屋に招かれ、その人の本棚にベストセラーばかりが並んでいるのを見たら、「この人は普段、本を読んでいないんだろうな」と判断します。

p137
「絶対に駄作を選んでなるものか」と意固地になるのも不自然なことです。

p138
SF の9割はクソだ。物事の9割はクソだから当然だよ[。]

p143
今は相対的にものの値段が下がっています。食料品も衣料品も安くなりました。本を買ったからといって、食うや食わずになるほどではありません。現在の本の価格は、内容の価値に比べれば、実に安いものなのです。

p144
現代における仕事のほとんどは、知恵のあるなしで値段が決まります。

p160
今やアマゾンの評価はまったくあてにならないからです。

p164
偏見は捨てるのではなく、育てなければならない。

p168
「過去に蓄積された常識が組織を次第に蝕んでいく」

p174
一説によれば、高額所得者のほうがたくさん本を読んでいるといいます。一方、生活の貧しい人たちはまったく本を読まないで、スマホばかりいじっている。

p178
人を「頭でっかち」とか「机上の空論」と揶揄する人たちが、より優れた代案を出す場面には僕は1度もお目にかかったことがないのも厳然たる事実です。

p179
机上の空論すらない人には、そのスタートさえ切れません。この差は実に大きい。

p196
教育の現場では子どもが小さいうちから論理的な文章を書かせなければいけないのに、変に情緒的な読書感想文ばかり大量に書かせて、プライオリティが間違っています。

p217
伝記こそ本来の自己啓発書です。

pp219-220
僕は天動説があったからこそ、地動説が生まれたと考えます。人類の進化とはそんなふうに思考しながら少しずつ進んでいくものでしょう。

p229
Facebook や Twitter では、フォロワーや「友達」の数が多いほど偉いというような、変な価値観があるようです。

p231
「凡庸なプレイヤーは、今パックがいるところに掛けていく。僕はパックがこれから行くところに行く」。パックトはアイスホッケーの「玉」に相当するものですが、パックのあるところに言っても間に合わないということです。

p234
本ほど「みんながいいといっているから」という評判があてにならないものはありません。なぜなら本は自分と1対1で付き合うものであり、本は自分をうつす鏡でもあるからです。

p239
学校のテストで問われるのは暗記力です。だから試験中にほかの資料に当たったら、カンニングになってしまう。ところが大人になったら、逆にまったくほかの資料に当たらずに書いた「裏を取っていない文章」は、単なる思い込みや個人的な主観で書いていると見なされます。

pp240-241
自分で自分の脳みそを耕せる人、耕す能力を持っている人のことをもって、「教養がある人」といいます。

p249
「自分の頭でゼロから考えるしくみ」を確立すれば、自分で検索して数字を拾ってくることができる。

p250
自分で情報を集め、それをもとに考えることができる力は、これからの時代を生き抜くためには絶対に必要です。

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