[読書メモ]『節約の王道』

p13
イギリスには “inverted snobbery” という言葉があります。直訳すると「反転した紳士気取り」ということで、これは大金持ちなのにわざと古めかしいボロコートを着ている、みたいなことです。

p15
節約というとどうしても、けちけちと、十円二十円を引き算していく行為であるような印象があります。そんな生活は楽しくないし、楽しくないことは続かないのが人の常です。

p18
「朝寝坊しないで家業に夜まで励み、倹約をして、健康に気をつける」という一見当たり前のことが、案外継続しにくいことでもあるということでもあります。

p21
買った食材は余さず使い、冷蔵庫が空っぽになるまで次を買いに行かないと決めておくことです。

p25
おカネは「天下の回りもの」で循環するものですが、人生は有限。おカネはいつか取り戻せることがあっても、時間の浪費は二度と取り戻すことはできません。十円安いからといって何キロも先のスーパーまで行って、何十分も並んで会計を待っているなどというのは、私から見れば、大いなる人生の無駄遣いとしか思えない。

p70
派手な儀式ほど愚かなものはない

pp78-79
今思うと、先生は、私に紳士教育をしてくださっていたのだと思います。

p85
心ある男は、お金ではなく、エスプリで勝負すべきです。

p107
そうやって日ごろから、どんなものがどれくらいの価格で出ているのか、その相場をよく知っておく。良い物を見分ける目を養っておく。常日頃よりそういう力を身につけておけば、「これぞ」と思うものが出てきたときに、躊躇なく買うことができるわけです。

p118
観光客の集う、いわゆる「みやげ物屋」なんてのは、むしろ信念を持って近づかないようにしています。

p120
わけのわからないきらきらしたペナントだとか、イニシャルがくっついた携帯ストラップだとか、土地の名前が書いてあるだけの饅頭だとか、そんなどうでもいいみやげ物を買ってあげたところで、誰も喜ばない。

pp122-123
旅行代理店にホテルを取ってもらって、もしそこが自分の意に染まないような宿だったら、「こんな宿を取りやがって」と大変不愉快な思いをするはずです。しかし、気の済むまでリサーチをして自分で選んだホテルであれば、結果的にあまりよくなかったとしても、「やっちまった!」と自ら笑って済ませることができます。

p123
私自身の宿選びの基準はざっと次のとおりです。[…]2、部屋は極力広いこと。常にツインの部屋を取る。

p139
趣味における自己流の素人天狗というのは、みっともないこときわまりない。

p139
多少お金はかかったとしても、やる以上は筋のいいやりかたで始めたほうがいい。一生続けたいと思うのであれば、「自分でそこそこ楽しめばいい」などと中途半端な気持でやるのではなく、「プロはだし」のつもりでやる。そうして、ともかく一生懸命、一流の先生について学び、真摯に取り組んで研究する。

pp144-145
本は自分で選んで読む。買った本がたとえつまらなくて、途中で読むのをやめてしまったとしても、それはそれでいい。そうやって無駄買い、無駄読みをして、試行錯誤するのが大切なのであって、そういう経験を重ねて行って初めて人は賢くなれるのだと思います。

p146
自分のところへ来た縁のある本は、手放してはいけないと思います。

p146
「この本を読んだときは、あんなことがあったなあ」と振り返ることができる。本にはそういうセンチメンタルバリューもあるのです。

p158
自分の子どもに惜しみなく「投資」するべきだというのがポリシーです。

p149
親が子どもに愛情を注ぐうえでもっとも大切なことは、「watch する」ことです。見ていること。

p149
一番いけないのは、ろくに子どもを見てもいないのに、親の都合でいろんなことを押しつけることです。

p157
月曜はスイミング、火曜はピアノ、水曜は習字などと一週間に毎日いろんなお稽古ごとをやらせるのは、どうかと思います。こういうことをしていると、エネルギーが分散されて一つに意識が集中できませんから、結局はどれもものにならずに終わってしまうことのほうが多いでしょう。

p161
子どもというのは、決して親の思うとおりには育たないものです。

p166
私はきれいごとは言いません。やはり大学はできるだけいいところに入ったほうがいい。三流大学へ行くよりも一流大学へ入ったほうがい、その先の人生も実りが豊かであることは、動かない事実です。

p167
アルバイトをするということは、せっかく親が買い取ってあげた時間を、子どもがまた社会に売り渡してお金に換えてしまうことです。

p168
幸いなことに、私の親も同じ考えだったので、私も兄もアルバイトというものをしたことはありませんでした。私の父もしたことがない。代々そうなのです。だからといって、社会に出てから困ったという経験は一度もありません。社会勉強になる、とよく言いますが、アルバイトで知ったことなど、何でもないことなのです。それよりもアルバイトでは分からない、もっと大きなことを、自由のなかでつかんでほしい、それが私の信念です。

p180
日本のような地震の多い国で、六本木ヒルズのような高層住宅を建てるというのは、建てる側の想像力の欠如の表れであって、それはとても無責任なことだと思うのです。

p190
目的のない節約というのは本末転倒きわまりないのではないでしょうか。

p191
我々のような目の前に年金受給が迫ってきた世代が、どうしようかと心配するならまだしも、二十代や三十代のうちから、老後の暮らしについて過剰に心配するよりも、もっと他にすることがあるのではないか、と私は声を大にして言いたい。

p192
年金の心配をして十円百円を惜しんでいるような暇があれば、より努力を重ねて、今よりもっとしっかりとした経済力を持てるよう、自己研鑽したほうがよっぽどいい。/若い時代に一番大事なのは、一生通用するような技能を身につけるということです。そのための土壌作りのためにどんどんお金を使うこと、節約したお金は自己投資に回すべきです。そのお金を惜しんではなりません。

p195
いつも自分の頭上に、北極星を見ているということです。つまりそれは、自分が高く掲げた目標のことです。

p196
大切なのは「資格」ではなくて「仕込み勉強」です。

p196
病気にならないことが何よりの節約である

p198
過食を自制するために日ごろから実践しているのが、毎朝毎晩体重計に乗る、ということです。

pp217-218
人が生きる上でいちばん無駄にしてはいけないのは、やはり人生の時間だと思うのです。

p219
とくに、糖尿病、高血圧、肺気腫、脳梗塞など、いわゆる生活習慣によって引き起こされることの多い病気は、つまりその人がいかに理に適わない、野放図な暮らしをしてきたかということの、いわば肉体のほうからの「請求書」を突きつけられたのである。

p221
その時、私がしなくてはいけないことは何であったか。
それは「直視すること」であった。
いま、自分の体に、自分の身の上に何が起ころうとしているのか、そこを、最大限の正直さと勇気と謙虚さと最新の注意力を以て直視しなくてはいけなかったのだ。
しかし、この直視するということ、簡単そうでいて実はそう簡単でない。

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