読書で手段と目的を混同してはいけない

現在は積ん読が大量にある。去年は積ん読消化の一環として 100 日チャレンジを実践したりした。

100 日チャレンジをしてせっかく優先的に読書の時間を確保しようとしたが、思ったほど積ん読が消化できなかった。

ここで分かるのは、読書をすることが目的になっていることである。いかに本をたくさん読むか、その方法ばかりを探求していたが、大事なのは目的である。目的はゴールと言い換えてもいい。私はたくさん本を読んで何をしようとしているのか。

積ん読を減らすことが目的? 本を減らしてどうするというのだ。そう、別に積ん読がいくらあったっていいではないか。

私は手段と目的を混同していたのだ。

これは多くの人が陥るトラップだと思う。大事なのは目的であり、ゴール設定であり、最も大切なことを見極めることである。

最適なものを探す行為も、目的と手段を混同することだと気付いた。去年の私は映画館で使う数取器を探して、それこそいろいろな商品を買い集めてきた。今回は偶然いい商品を見つけたが、なぜ数取器が必要なのか、数取器を使わなくて済む方法がないかを最初に十分考えるべきだ。一歩間違えれば幻を探し続けていたことになっていたかもしれない。最適なカバンがいつまで経っても見つかっていないのと同じことだ。

参考:
[バックパック] THRASHER THRKR8900 – 読書ナリ
https://dokushonary.com/2020/09/27/thrasher-thrkr8900/

話を戻そう。では、私が読書をする目的は何だろう。読書の力を信じている私は、読書をしてマインドを変えたり、新しい行動を促すことだ。そう、読書行為自体は手段に過ぎない。

たくさん本を読みたいなら、その方法を考えるのよりも、例えば立花隆さんの多読に関する本を読んで刺激を受けたほうがよっぽど読書量がアップすると思う。

あるいは、読書が最も効果的なのは、買ったその瞬間である。買ったときが一番読みたいときだ。積ん読の古い本から順に読もうとせず、買った本から真っ先に読もう。私を含め完璧主義な人は「古いものから順番に読まねばならない」と考えがちだ。

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