[読書メモ]『育育児典 〜病気』(毛利 子来、山田 真)

p5
健康と病気のあいだに、はっきりした境界線があるわけではないのです。

p6
健康かどうかが医者の判断に委ねられてしまっているいまの世の中では、そのことによって、いろいろな問題が生じてもいます。/たとえば自分ではからだの調子がとても悪いと思っているのに、いろいろくわしく検査をしてみて、どこにも異常が見られない場合、医者からは、「だいじょうぶ、どこも悪いところはありません。あなたは健康です」と判定されます。

p9
他人の不安感を誘って、それを商売に利用しようとする産業は「不安産業」と呼ばれますが、健康への不安をかきたてて、それで商売しようとする企業などは、たくさんあります。

—-(もくじ)—-

p2
日本では、実際に効果のはっきりしないような薬でも薬として認可され、医療現場で使われたりしているので、その種類の多さといったら、天文学的数字と言ってもよいほどです。

p5
まず注射の場合、動脈へ注射するということはめったにありませんが、静脈への注射はみなさんご存じでしょう。

p6
そこで、ジュースなど甘みのあるものにまぜてのませてみようかということになりますが、こうするとかえって、にがみが強くなったりします。

p9
食前とか食後とか言っているのは、「薬を1日3回、等間隔でのんでください」といった指示をすると、患者さんのほうでものみにくくて困ってしまうので、食事の前後にのめば、のみ忘れもなく、便利だろうと考えてのことです。

p9
胃を荒らす薬は、食後にのんだところで、やはり胃を荒らすようですから、食後にのむ意味はあまりないと思われます。

p10
一般的には、のんだ薬の吸収は、夜より昼間のほうが早いことがわかっていますから、昼にのむことが多くなると思います。

p13
この100年ほどの歴史のなかで、真に画期的な薬の発見といえば、抗生物質とステロイドの発見と言っても、決して大げさではないと思います。

p21
小児科は15歳まで、内科は15歳以上無制限、そして老人科は60歳以上を対象にしていると思ってください。

p24
しかし病院での安静は、病院側の管理の都合上、強いられていることが多く、安静にしている必要のない人が安静を守らされている、といったケースも目につきます。

p29
日本では入浴ということが、ひとつの儀式となっているということです。

p30
ほとんどの子どもはふだんから栄養過剰と言ってよい状態です。だから病気になったからといって、とくに栄養補給をする必要もないのです。

p31
発熱は、「からだを守るための防衛反応」だということを確認しましょう。ですから、解熱剤を使って体温を下げたりすると、病原微生物は生き延び、病気が長びくこともあると思ってください。[…]強い解熱剤で熱を人工的におさえ、よくなったと考えていると、実は病気が陰で進行しているというようなこともあります。

p32
子どもが発熱したとき、まず「熱はこわくない、熱はこわくない」と3回ほど唱えてみてください。「高熱だけでは、急いで病院に行く必要はない」とも自分に言いきかせてください。

p82
リンゴ病[…]ほっぺたと腕やももに発疹ができるという、きわだった特徴のほかに、病気が治ってからしばらくして発疹が出るという、ほかの病気では見ない特徴をもっています。

p93
患者さんが自分で「かぜをひいてるんです」と宣言すると、「ちょっと待った。かぜの症状があるからといって、かぜとはかぎらないんだよ」と、医者の側は言いたくなるのです。

p96
欧米ではインフルエンザはかぜのひとつで、「寝て治すもの」ということになっていると言います。

p98
欧米など海外では、タミフルは「インフルエンザにかかると生命を落とすかもしれない」ハイリスクの人、つまり呼吸器の慢性病をもっている人や高齢者などにだけ使われましたが、日本ではインフルエンザと診断がついた人にはすべてタミフルが投薬されるようになりました。/その結果、高価な薬であるタミフルが、日本では湯水のように使われ、世界中で使われている量の8割くらいが日本で使われるという、驚くべきことが起こりました。

p98
インフルエンザは自然に治る病気なのですから、タミフルはいっさい使うべきでないと思います。1日早く熱を下げるというだけの理由で、タミフルを使って生命を落とすというようなことが、あってはなりません。

pp102-103
子どもがそれほど具合が悪そうでなければ、1週間ほど熱が続いても、薬を使わないでようすが見られるよう、医者の側も患者側も、「耐える練習」をしなければいけないのかもしれません。

p111
大人がかかった場合は激しいせきにならず、軽いせきが長期に続くだけといったことも多いので、百日ぜきとわからないことが少なくありません。

p125
これは人間という複雑多様な生きものをひとつの枠に押しこめようとする、無茶な企てと言うしかありません。

p130
下痢や腹痛を起こすのは、ほぼお腹の病気だけだけれど、嘔吐については、いろんな病気の可能性を考えなければいけない、ということです。

p144
一般論で言いますと、ウイルスの病気に対しては、「そのウイルスに効く抗ウイルス薬があれば使用することもあるが、たいていの場合は対症療法」ということになっており、一方、細菌の病気に対しては、抗生物質を使って治療するのがふつうです。

p152
どんな病気でも、ストレスや不安感が病状にマイナスの影響を与えることはわかっていますが、アレルギーの病気の場合とりわけ、その傾向が強いようです。

p167
思春期になり皮脂の分泌がさかんになると、湿疹は軽快してくることが多いのです。

p169
洗剤は界面活性剤の含有量の少ないものを使用する

p175
(原因になる食物を食べたあとに走ったりすると、強いアナフィラキシーが起こることがあり、それを運動誘発性食物依存アナフィラキシーと呼びます)。

p216
むかし、てんかんの発作を起こした人には、首だけ出して土に埋めるなどという荒っぽい対処法がされていた時代もあったと聞きますし、寝かせて額の上にわらじをのせるという方法は、ぼくが大学生だったころぐらいまでは、実際におこなわれていました。

pp168-169
予防接種については、最初は「人類の脅威」となるような重大な病気(天然痘、ポリオなど)を予防することが目的だったのに、最近は「まれにしか重大な事態をひき起こさない」軽い感染症まで、ワクチンで予防しようとする考えかたになってきました[…]。

p269
日本の医学は、アメリカ流の医学観、医療観をそのままもちこみ(追随していると言ったほうが、あたっているかもしれません)、部分的にはそれに輪をかけたようなかたち(たとえば、薬はアメリカよりも大量に使われています)になっています。

p272
虫刺されの予防ということで、虫除けスプレーなど昆虫忌避薬と言われるものが市販されていますが、神経障害や皮膚炎といった副作用の心配もあり、使うべきではないでしょう。

p316
教室のどこからでも黒板の字が見えるためには0.7程度の視力が必要なので、これ以下の視力なら、眼鏡を使ってもいいわけです。しかし実際には0.5くらいの視力でもあまり不自由がないことが多いので、眼鏡は作っても使わない子どもも多い、というのが実情です。

p320
食後にお白湯などを飲ませることでも、虫歯は予防できると言われています。自分でみがけるようになるのは4歳ごろと言われますから、焦らないでください。

p324
「障害」を「障がい」と表記すると不自然で、かえって「障害」を特別な目で見る見かたが強まってしまうような気がするのです。

p330
みなさんはこれまで脳性まひの人に、どこかで出会ったことがあるだろうと思います。たとえば町で車椅子に乗っている人に会ったら、その大半は脳性まひの人と考えてよいほど脳性まひは多いのです。

p339
自分の子どもに知的障害があり、治療法もないのだと知らされたとき、明るい未来を思いえがける人は少ないと思いますが、しかし人生というものは、実際に経験すると、最初に思っていたよりけっこう楽しかったり、趣深かったりするものです。

p344
世界的には教育の面でも、「健常児も障害児も、同じ教室で学ぶべきだ」ということで、「分離しない教育」がすすめられていますが、日本ではなお、分離教育が正しいとする人が少なくないのです。

p345
幼い子どもというものは、注意散漫なのがあたりまえですし、じっとしていることのないのが特徴と言えます。とくに3歳前後は、人生のうちでもっともよく動きまわる時期だと言われます。

p349
リタリンをのむと、「多動」がおさまることが多いのです。アメリカでは何百万人もの子どもがリタリンをのんでおり、それを問題視している学者もいます。人間の行動を変容させる薬というものはこわいもので、軽々しく使うべきではありませんが、子どもがおとなしくなると「教室の平和」が得られるということで多用されつつあります。

p353
言葉どおりに受けとったら不正解で、裏読みをするのが正解になるというのも、よく考えると不思議なことですが、人間の世界はそんなふうに、ちょっと複雑にできているのです。

p356
稲の種類で早い時期に収穫できるものを「わせ」と言い、遅い時期に収穫するものを「おくて」と言うので、それをとって「おくての子ども」と言っていたわけですが、それはゆっくり成長する子への励ましでもあったのですね。

p362
小児科の専門書には、「子どもの気になる行動」という1章があるのがふつうです。/心理学の専門家は「子どもの気になる行動」のことを、「問題行動」などと呼んだりもしますが、問題行動という言葉は、どうも感じがよくありません。

p364
ぼく自身、ボールペンや万年筆をかみますし、ささくれむしりや耳掃除が好きですから、「いじり癖」の大物なのでしょう。

p365
「睡眠時異常行動」と言うと、とたんに「さあたいへん」ということになるわけで、まさに言葉の魔術です。

p368
子どもが痛がっているときに、「痛いか」と、くり返し聞いたりするのはマイナスで、親が不安なようすを見せれば、痛みはより強くなるのがふつうです。

p378
「わざわざ病院へ出かけていって、お医者さんに相談するほどのことではないかもしれないけれど、でもやっぱり気になる」といったこまごまとしたことが、赤ちゃんには起こります。

p420
頭を打った場合は頭部外傷と呼ばれますが、からだを打った場合は打撲と呼ばれます。

p440
母乳で育てるよりも、ミルクで育てるほうが体重が増えることが多いのはなぜかというと、ミルクの場合は「飲みすぎ」になりやすいからのようです。母乳の分泌というのはうまくできていて、飲み始めたときに分泌された母乳はあまり濃くないのですが、赤ちゃんがずっと吸っているあいだにだんだん濃い母乳が出るようになり、それで赤ちゃんはかたれるから、吸うのをやめるようです。

p443
ひとつには、子どもの場合、急性の病気が多く、慢性の病気が少ないということがあります。そして急性の病気の多くは、わざわざ検査をしなくても、ふつうの診察で診断がついてしまいます。

p446
日本では検査が優先され、患者さんの側も高価な器械、最新の器械で検査をしてもらえば、より正しい診断がされるだろう、と思いこむようになってしまったのではないでしょうか。しかし実際には検査を過信することで起こる診断ミスもありますし、検査をしてもしなくても病気の経過には変わりがない、といったこともしばしばあります。

p451
心臓が1回縮んでのびるのを、1拍と考えます。

p457
病気のなかには、1個の遺伝子の突然変異によって起こるという単純なもの(「単一遺伝子病」)もあれば、複数個の遺伝子が関連して起こる複雑なものもあります。[…]そして、数多くある病気のなかで、 単一遺伝子病はきわめて少なく(病気全体の2%と言われます)、ほとんどの病気が、複数個の遺伝子がかかわるものなのです。しかも、こうした複数個の遺伝子がかかわる病気は、環境要因とさまざまにかかわって病気の発生にいたるわけですから、そのメカニズムは複雑きわまると言ってよいのです。

p461
自分の遺伝子すべてがどんな遺伝子かを示すマップのようなものを、ひとりひとり持たされ、就職や結婚、あるいは進学のときなどに提出させられるようになるかもしれませんが、それは背筋の寒くなるような世界だと、ぼくには思われます。そもそも、「あなたはAという病気にかかる確率は5%、Bという病気にかかる確率は20%」というふうに告げられて生きていくのは、幸せなことでしょうか。

p465
「育児書は単なるマニュアル本であってはつまらない。どう生きるかを読者といっしょに考える本であるべきだ」

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