[読書メモ]『子は親を救うために「心の病」になる』(高橋和巳)

p27
その理由は、人はいつも、より大きな自由を手に入れようとするからだ。

p30
親も完璧な人間ではないから、気持ちの偏りや悪い心、嘘、辛い気持ち、間違った生き方をかかえている。子どもはそういった親の「心の矛盾」もまた無心に、まるごとコピーする。

p36
子は思春期を通り抜けて、一人前の大人になっていく。

p49
子どもは親の気持ちを読み取り、それに応えようとして生きる。

pp68-69
子育ては親の人生のやり直しである。親は子どもの成長する姿に、自分の希望を託し、自分ができなかったことを子どもには叶えてあげたいと願う。それは子どものためでもあるし、できなかった自分のためでもある。親子は互いに支えあっで成長する。

p75
「息子さんがどんな気持ちでいるか考えてみましょう。それから日曜日の “話し合い” は、息子さんからすれば “話し合い” というより “説教” に近い感じで受け止めていたでしょうね」

p82
親が子に期待するものは、自分が求めて得られなかった生き方である。ピアノを習えなかった親は、子どもにピアノを習って欲しいと思う。小さい頃に親が一緒に遊んでくれなかった人は、子どもと一緒に遊ぼうとする。自分が叶えられなかった夢を子どもに託すのだ。

p95
一度、我慢が自己目的化してしまうと、最初に何を我慢してきたかは、見えなくなる。

p190
美味しいものを食べてお母さんと一緒に喜ぶという体験は、人と共感する原点である。それが人間関係を作る土台になる。

p201
彼女に欠けているもの、それは自分がこの社会で生きているという「無条件の存在感」である。これは、心理システムの土台になっているもので、自分が他の人々と一緒に生きているという疑いようのない感覚である。つまり、同じ世界に生き、同じものを見ていると確信し、同じものをいいと感じ、同じものを嫌と感じ、いちいち言葉にしなくてもそう思い、伝わり、利害を共通にしているという感覚である。

p201
「社会的な存在感」は何によって生み出されているかというと、それは、「自分と他人が同じものを求めて生きている」という日々の実感からである。

pp206-207
存在感の希薄さが物心ついた時から続いていると、心理システムは完成されず、社会とのつながりや一体感に欠け、「普通」でなくなり、孤立する。自分は、一生、周りの社会からは理解されない。自分だけは特殊な人だという感覚が抜けない。何をするにも、他人と共感する土台がない。若い頃を振り返っても、同じ時代に生き、同じアイドルを知っていた、というような懐かしさの感覚を共有することが、できない。

p208
問題は解決できる場合にだけ発生する

pp211-112
彼女は「普通」に合わせようとして生きてきた自分の苦しみを理解した。自分が社会の中で「普通」に生きることは無理だったと自己受容ができて、「普通」を止める。それは苦しい作業だったが、その先には「普通」に囚われない、自由があった。

p220
解決できないことをかかえながら、目の前の確かさを少しずつ味わっていこう、とそう思って生き始めた時に見えたのが、自分の「存在」を感じている「安心」である。/彼らは「この世界」の心理システムを教えてくれる「親」を持てなかった。それは人とつながれない不幸をもたらした。しかし、心理システムを完成できなかったということは、逆に、生まれたままの心に制限を加えていない、ということでもある。/「社会的存在」から離れた「存在」は、ずっと自由で、ずっとひろく、安定している。

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